町全体がひなまつり / 塩谷秋子

「灯りをつけましょぼんぼりに~」の歌がまだ無かった時代からのお雛様が、遠野にはいくつもあるのだろうと思います。

私は岩手県と青森県の境の二戸市で育ちました。幼い頃の雛祭りの思い出は、「もうすぐ雛祭りの時期だね」という頃になると、ひな壇を作る為のティッシュの空き箱を捨てずに集めるというなんとも華の無いものです。空き箱でも足りず、新品のティッシュ箱を取り出してきて、テレビの横に出来上がったひな壇は、当時の私にはとても豪華に見えました。そのお雛様も段々と季節が来ても飾らなくなり、ふと思い出して親に聞いたところ、もう無いとのことでした。それからの私にとっての雛飾りは、節分が過ぎた頃からお店の店先に並ぶ、新品の雛飾りでした。

遠野ひなまつりを巡っていると、雛飾りについてのお話しがたくさん聞けます。細かな細工の雛人形は、昔の人にとっては今以上に高価な物で、一度に纏めて買う事は出来ず、一体ずつ買いそろえていった物だと聞きました。いつか賑やかな雛飾りを、という思いが大切に繋がれ、仲間がたくさん出来たお雛様達は、とても楽しそうに訪れた人を迎えてくれます。その家に代々受け継がれてきたお雛様は、新人のお雛様には醸せないであろう誇らしげな風格を放っています。

遠野ひなまつりは、まるでハロウィンのように、子供達が家々のひな祭りを見て回る行事なのだそうです。遠野ひなまつりで町を歩いていると、童心に戻るような気持ちになれるのはそのせいでしょうか。遠野のひなまつりを知るまでは、雛祭りはその家の子供の健やかな成長を願うための、各々の家の中だけでのお祝いなのだとずっと思っていました。町全体でお祝いする遠野ひなまつりの虜になり、今年も遠野駅に降り立ちました。

初めて来た時は作法が分からず、マップに印されている場所でも「入って良いのかな?」と戸惑いました。合言葉の「お雛様を見せてください」「ありがとうございました」を覚えてからは、どんどん巡るようになりました。今年は雪の無い暖かな冬でした。いつもよりたくさん巡れましたが、雪のあるひなまつりも恋しくなります。

「お雛様を女の子のお祭りと言ってしまうのはもったいないなあ…」、そう思ってお雛様を見せて貰っていたところ、「お雛様見せてください!」という大きな声と共に、クイズ用紙を持った男の子が入ってきて、「クイズのお雛様かなあ?」と一生懸命に首を捻って考えて、「ありがとうございました!」と次の目的地に向かって走り出ていきました。