ようこそ「ひのくるま」へ~発足一周年~/木瀬公二 遠野文化研究センター研究員 元朝日新聞盛岡総局長
「ひのくるま」が9月で発足1周年を迎えた。
赤坂憲雄遠野文化研究センター所長が遠野に来る日に合わせて仲間が集まり、わいわいがやがやする、遠野文化友の会の兄弟団体である。正式名称は「遠野文化倶楽部」。似た名称の団体がいくつかあって、混同しないようにとつけた愛称である。
集まるのは、遠野駅前の喫茶店「詩季」の2階。古くは映画館、直近はフィリピンバーであったここに昨夏、何人かが集まって愛称を考えた。案はいくつも出されたが、皆がピンとくる愛称は出てこず、酒量だけが増えていった。酔いが回ってきたころ、会の看板を作ってくれる多田欣也さん(昨年と一昨年の佐々木喜善賞受賞者)が唐突に、「おれ、草野心平が好きで、息子に心平とつけたんだよ」と言った。そのとき私はピンときた。「じゃ、"ひのくるま"はどうだ」と提案した。思い付きの理由を少し説明した。
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私が栃木県日光市で暮らしていたとき、「火の車」というお好み焼き屋があった。私はその店に、友達たちとよく行っていた。36年も前の、36歳だった時の話である。女主人のイトさんは、ここに店を構える前は宇都宮市でおでん屋をしていた。常連客に草野心平さんがいた。その店を閉め、日光に移ると言った時、心平さんが「それなら店の名を『火の車』にしろ」と言いった。心平さんはその名を冠した居酒屋を、東京でやっていたことがある。その店名をあげるという意味だった。
そうして名付けた「火の車」に、文学青年たちが集まっていた。映画好きも何人かいた。しかし日光市には映画館がなかった。ならば自分たちで見たい映画を持ってきて見ようよ、となった。映写技師でもある元映画館主を探してきて仲間に入れ「見たい映画を見る会」を作った。話し合いはいつも、「火の車」で飲み食いしながらした。何度かの集まりの末、立ち上げ企画は「生きる」や「羅生門」「椿三十郎」「乱」など6本の黒澤明監督特集をすることにした。黒澤監督からメッセージをもらいたいと思った。「こんな会を作った。発足記念は黒澤特集にした。何かメッセージを」と訴え、分かりもしないのに映画論を並べて投函した。
返事は来るだろうか、と首を長くして待っていたが来ない。やはりだめかと思った開催当日の午前、郵便配達員がきた。ポストに入っていた返信用に入れていた自分の文字で書かれた自分宛ての封筒を見たときは、天にも昇る気分になった。早速開けた。書かれていたのは、大きな原稿用紙にたった2行。「映画は 理屈で見るものではない」。それでも「黒澤明」という署名があり、会場の入り口にでんと飾った。
その後も上映会を重ねた。すると収益がたまっていった。どうやって還元するかを話し合った。日光市の観光客は年間約700万人で、夏休みが最大の書き入れ時だった。子供たちは、どこにも遊びに連れて行ってもらえなかった。そういう子供たちを喜ばせるために、夏の夜の、無料野外映画会をすることにした。
会場は、緩やかな上り坂である日光東照宮につながる参道。関係する日光東照宮と輪王寺に使用のお願いに行った。スクリーンは、白いシーツを数十枚も買ってきて皆で縫って作った。それを、参道両側の国の天然記念物の杉の枝にかけるため環境庁日光事務所の許可を得た。高さ10㍍もあるその枝にスクリーンをつるすのは東京電力にお願いし、高所作業車を出してもらった。
当夜、参道は人であふれた。観光客もやってきた。上映作品は「未知との遭遇」。巨大スクリーンから夜空に飛び出たいくつものUFOが、杉並木の上にスーッと消えていった。
その日の打ち上げはもちろん「火の車」でやった。それまでの打ち合わせも「火の車」だった。機関誌「暗がりの仲間たち」の編集もここでした。
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欣也さんが「草野心平」と言った時、これらのことが一気に蘇り、 「ここをそんな場所にしたい」と思い、とっさに「火の車」を提案したのである。酔っていたせいか、皆もすんなりと賛同してくれた。ただし、本家と同じ字では気が引けるので、すべてを平仮名にすることにした。欣也さんはすぐに、看板を作ってくれた。そうして「ひのくるま」が生まれた。
以来、赤坂所長の来遠に合わせ、原則として毎月第3木曜日午後6時半から集まっている。これまで赤坂所長の「人はなぜ心の傷をいやそうとすると南には行かず、北に帰るのか」というテーマの「北帰行」の話や「北上夜曲」の秘話、集まった人による佐々木喜善の戯曲の朗読会、ピアノ演奏会、飯豊神楽の50年前の記録映画上映と若手による神楽上演、私の遠野物語取材で知った現代の不思議な話・怖い話などをしてきた。
家賃を払わなくてはならないので会員制にしているが、一般の人も大歓迎。ワンドリンクと軽食付きで1500円。差し入れが多いので食べきれぬほどテーブルに並ぶのが常だが、コロナ禍の今は、飲み食いは控え目にしている。
一度見に来てください。お待ちしています。
問い合わせはEメールアドレス tonobunkaclub@gmail.com にお願いします。