ひといちゴブリンプロジェクトによる学びの場としての商店街の可能性 / 松田希実

遠野駅から鍋倉城址へ向かう道に交差する3つの商店街のうち、一番お城に近いところに位置しているのが私の住む一日市商店街だ。毎月一の付く日に市が開かれたことから「一日市(ひといち)」と名付けられたこの通りは、市日には「馬千人千の賑わいであった」と伝えられるほど栄えたという。

遠野市立博物館に当時の市日の様子を再現した映像やジオラマが展示されている。通りの両脇や道端に様々な店が軒を連ね、人々が賑やかに行き交うその様子からも、一日市が内陸と沿岸を結ぶ交易の拠点として活況を呈していた時代がうかがえる。

しかし、もし当時の人が今の一日市商店街を見たら「なんたら、こさびすぐなったごとやぁ。(なんと寂しくなったことでしょう)」と驚くだろう。全国的に問題となっている商店街の衰退ストーリーは一日市も例外ではない。それでも少しでも賑わいを取り戻したいと、商店街ではいろいろな活動をしてきた。その一環として4年前から取り組んでいるのが「ひといちゴブリンプロジェクト」である。

遠野みらい創りカレッジの「未来新聞ワークショップ」に参加し、商店街の未来について考えたアイディアがきっかけとなり走り始めたこのプロジェクトは、みらい創りカレッジやゴブリン博士こと小中大地さん、市民の皆様、地域の中高生など多くの方の応援と協力を得て、活動を展開してきた。

かねてから私は、商店街の各店舗には「気付いていないがすでに持っているもの」がたくさんあると感じていた。例えばそれは、この通りで長い間商いを続けて来た歴史であり、大切に守って来た生業への誇りである。また、店を支えて来た人そのものであり、道具や建物の文化である。

ワークショップをきっかけにこうした視点から商店街をとらえた時、「学びの場として商店街を活用出来ないか」という新しいプランが見えてきた。

また、遠野では高校を卒業するとほとんどの若者が市外に出てしまう。「遠野にはなにもない。」と思いがちな遠野の子ども達に、いろいろな角度から遠野の良さをもっと知ってもらいたい。そして私たち大人だって遠野の良さについて語れる言葉をもっと持ちたい。市民として母親の一人として抱いていたこのような思いも、地域の子ども達を巻き込んで活動したいと考えた大きな要因である。

さてゴブリンとは、アーティストである小中さんが「あらゆるものに宿る妖精を造形として表現する」ことをコンセプトに制作している作品である。初めてゴブリンを見た時、その世界が、私が日ごろ遠野に感じている「目に見えない不思議なものが今も普通に息づいている世界観」と非常に近いことに驚いた。

ここ遠野では、河童も座敷童もろくろ首でさえも、その存在を自然に受け止めている人が多いように感じるのだが、そんな土地で暮らす私にとって、アニミズムの世界に宿るスピリットをゴブリンという形で具現化する小中さんの手法はしっくり来るものがあった。

ちょうどそのころ、遠野中学校の3年生が総合学習の時間を使って「遠中生が遠野を盛り上げるプロジェクト」という活動を始めることを知った。みらい創りカレッジにマッチングして頂き、一緒に取り組んでくれる仲間を募ったところ「一日市商店街活性化チーム」として17人の中学生が集まり、こうしてひといちゴブリンプロジェクトはスタートしたのだった。

私達はまず始めに各店舗を訪ね、歴史や生業について話を聞き、店主の思いやその場所に宿るものを感じ取るフィールドワークから活動を始めた。商店街で買い物をした経験がほとんどない子ども達は緊張しつつも柔軟な発想で活動に取り組んでくれ、第一弾として7店舗分のひといちゴブリンが誕生した。それぞれのゴブリンには詳細なプロフィールがあり、そこには生徒達が自分なりに感じ取った商店街での学びの成果が反映されている。作成したゴブリンはおひろめ会で商店街の店主たちに手渡され、商店街が学びの場としての新しい役割を持った第一歩となった。

二年目は商店街全体を見守る「ひといち一家」というゴブリンが生まれた。商店街に長年すみついている三世代同居の家族で、子どもは人数がわからないほどいるというプロフィールからは遠野の子ども達の家族観が垣間見え興味深い。この年はゴブリンの手ぬぐいを作り、商店街の店の品物を売ったり、スタンプラリーやゴブリン探しを生徒が企画し、「まち市」を開催した。

三年目は遠野緑峰高校の草花研究班の生徒に先生になってもらい、ホップ和紙を使用したひといちゴブリンのランプシェードを作るワークショップを行い、多くの市民の参加を得た。

四年目の今年は再び遠野中学校の3年生と一緒にひといちゴブリンのアニメ制作に取り組んだ。

これらの活動は、商店街で呉服屋を営んでいた大店である「三田屋」で行っている。この建物も、有効な活用と保存を行おうとたくさんの方の力を借りて進行形で活動している貴重な町家の文化財だ。

少なくともこの活動に直接関わった子ども達には、ひとときでもこの一日市商店街に足を踏み入れ学んだ記憶が心の片隅に残ると良いと願う。ひといちゴブリンがこれからも一日市商店街にそっと住み続けられるよう、この活動を小さく細く長く続けて行きたいと思っている。

周りも自分も一緒に笑顔になれる身の丈サイズの活動のタネは遠野のあちこちにすでに転がっているのだと思う。「面白がり力」があればタネを見つけるのは簡単だ。それが難しい時は、何かを見つけた人に協力するのも面白い。そうしていろいろな人が面白がって取り組む小さな活動が、遠野の未来を楽しい方向へ導いてくれる大きな力になるのかもしれない。そんなことをぼんやり考える今日この頃である。

一日市商店街には遠野物語の舞台となった場所がいくつかあり、語り部並みのトークが自慢のおかみさん達もいる。商店街の歴史や文化、遠野物語に興味がある方は是非一度商店街を覗いてみてほしい。古くからある店の様子を眺めたり話を聞くのもおもしろい。ものを買うだけではない商店街の楽しみ方をよってたかってご案内したいと思う。もちろんひといちゴブリンも皆様のお越しをお待ちしています!